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2012年6月号(12/05/20売)掲載

■日本最大の電子掲示板サイト『2ちゃんねる』に対する警察の削除要請に対して、約9割にあたる5000件以上の削除要請に応じていないとして、警察は行政処分を行うことにした。2ちゃんねるは、1998年立ち上げた「交通違反のもみ消し方」サイトが始まりと言われている。正式な開設日は翌年5月と言われている。ネットレイティング社の2009年の調査によると、利用者は1170万人だそうである。一世を風靡した2ちゃんねるだが、個人攻撃や薬物取引に関わる情報サイトとして書き込みが氾濫した為、その役割に疑問の声が上がっていた。

■国税庁がこのところ新聞社を狙い撃ちにしている。新聞社は修正申告に応じているが、新聞紙面は「消費税増税反対」の立場から「消費税増税止む無し」へとトーンダウンしてしまった。長引く景気低迷と相次ぐ企業倒産は鬱屈した国税庁職員の苛立ちと無縁ではないかもしれない。しかし新聞社もまた業績不振に喘いでいるのは同じである。3大紙の1つ、A新聞社は広告収益が激減、昨年度は前年比35%弱の落ち込みぶりである。その傾向は活字メディア全体に言えることで、電通から雑誌局が消え、出世コースと言われた新聞局で人員が削減され、また大手出版社の本社が売りに出されるという惨憺たる有様である。活字メディアは国民の知的水準のバロメーターである。国庫が空っぽであることも分かるが、ほどほどにしないと「国税の弱い者いじめ」と言われかねないのではないか。

■経営破たんし再建中のJALが12年3月期決算で、連結営業利益2049億円の過去最高益を更新した。年収800万円で経営立て直しを託された稲盛会長は「私自身も色々指導したが、今の経営陣は感心するぐらいの熱心さ、努力ぶりでやってくれる。今なら、どの会社の経営陣よりも優れた経営をするのではないか。今の経営陣なら、どんなにうまくいっていない会社でも再建できると思っている」と話しているという。良きリーダーが目標と正しいやり方を部下に指示し、全社一丸となって取り組めば、どんな困難でも克服できるという良い見本になるだろう。

■小澤一郎代議士をめぐる裁判は検察審査会の議決を経て弁護士検事の下で審議され無罪が確定した。しかし、民主党党員資格停止の解除が決定した直後、断念すると思われていた弁護士検事は控訴した。一般的には無罪判決の直後、控訴を決定するものである。小澤氏がこれを機に政治家を引退していれば控訴は無かったものと思われる。つまり、小澤裁判は最早、政局の道具に使われていると言っても過言ではない。一体全体、この裁判は何を求めているのかを問いたい。政治と金の問題は過去にも多くの政治家を葬ってきたが、これは一種の遺恨ではないのか。検察審査会に訴えた側は私人で、訴えられた側は公人だから、という理由で訴えた者は姿を見せていない。小澤氏はすでに相当の社会的制裁を受けている。罪を憎んで人を憎まずというのは、近代社会の大原則である。

■4年前に胆石が見つかって漢方薬を試してきたが、久しぶりに掛かりつけの医院に行ったら、胆嚢炎と診断された。抗生物質をもらって症状は安定しているが、このところ体力の低下を意識するようになった。記者生活40年の先輩に相談したら、「いつ書けなくなるか分からない。だから、義憤を感じたら躊躇無く書かないといけない」と諭された。だが、年々、理と情を天秤に掛けると情の方が重く心に圧し掛かってくる。それでも、正義感に燃える若い警察官が子どもたちをやさしく見守っている姿は書き手に勇気をくれる。この若者たちが挫けず、ありったけの生き甲斐で心を満たして、真っ直ぐ前を向いて歩いて行けるように、私たち書き手は正義と透明性の高い社会、公正、公平な社会の実現に向けて努力していかなばならないと改めて痛感する。


2012年5月号(12/04/20売)掲載


■警察官が困っている市民と真摯に向き合ってさえいれば、避けられた悲劇だったかもしれない。千葉・長崎・三重県警が国民から責められている。ストーカー被害者への適切な対応を欠いて2人が亡くなったためだ。そこに「警察担当者の慰安旅行」が重なり、消えかかっていた世論の火に油を注いだ。国民が期待する警察官はお節介で頼りがいのある警察官だ。3県警への非難は全国警察官への非難である。警察官はそのことを忘れないでほしい。

■税は国民から取るものではなく頂くものである。政治はその国民から頂くべき消費税を取るのに躍起だ。2代続けて財務大臣が首相になって、そのいずれもが、それまでの主張を覆して「いま増税しなければ国家が破綻する」と言い始めた。国民理解が得られなければ、増税はできない。それを強行すれば、政党は国民の手痛い反撃に遭い、国家の危機は益々増幅されることだろう。政治家も官僚もそのことをもっと真剣に考えてほしいと思う。

■春一番が吹き荒れ、花粉が街に舞っている。都会の老若男女はことしも花粉に苦しんでいる。自然と共生してきた人類はいま、自然の逆襲に遭っている。地震も津波も、花粉と同様、自然が人類に警告を発していると受け止めるべきだ。近年の事件は、尊大にして我欲に溺れた人間の過ちに通じるものが多い。人はもっと自然に学ばなければならないのかも知れない。

■オリンパス事件で外電は3月22日、外資9社が6月の同社株主総会で30%の持ち株を行使して「新会長を承認しない」ことを決めたと報じた。この事件は外電と日本のメディア、証券等監視委員会、そして警視庁、地検特捜部が入り乱れて、事実解明に動いている。だが、事件の全体の絵面は見えてこない。何故、1つの事件を警察と検察の2つの捜査機関に分けたのか。損失隠しの確信を握っていた3人のうち1人は未だ海外逃亡し2人は検察の手の中にある。徒に結論を急げば禍根を残すことになるのではないか。

■本号では発起から半世紀を迎える「(春の)全国交通安全運動」を特集した。俳優、タレント、お笑い芸人が一日警察署長の委嘱を受け、かつてない盛り上がりを見せた。運動の広がりは市民を巻き込み、交通事故・交通死亡事故の減少に大きな効果を発揮している。タレントの運動参加は、マスコミ・市民の注目を集め、運動に参加している関係団体・市民ボランティアを勇気づけ、マンネリ化しがちな運動に弾みをつける。映画・テレビドラマ・テレビバラエティ番組は軒並み視聴率が伸びず、タレントのギャラは軒並みダウンしている。いまは買い手市場だ。どんどんタレントを動員すれば良いと思う。ただ、地域との関わりのない人を連れてくるのは如何なものだろうか。

■フランス人作家、「海底2万マイル」「八十日間世界一周」「ア・ジャーニー・トゥ・ザ・センター・オブ・ジ・アース(地底旅行)」の作者、ジュール・ヴェルヌを彷彿させる快挙が米国映画監督によって達成された。何かと話題のジェームズ・キャメロン監督が単独で海底1万1千メートルの海溝にチャレンジ、世界記録を塗り変えたのだ。1150度のマグマを抜けるとその下に地底人の都市があるかもしれない。南海トラフの研究も結構だが、天災は人が気にかけている時には起きないものだ。いっそ、地球空洞説でも実証してみたらどうか。

■韓国で世界50カ国以上が集まって核セキュリティサミットが開かれた(3月25日―28日)。いま世界には1600トンのウランと500トンのプルト二ウムがあると言われている。サミットの目的は核の不拡散とテロリストから核を守るための話し合い、核爆弾の材料となるウラン・プルトニウム管理の徹底である。友人の核物理学者が言った。「核の危うさは軍の管理下に無い原発だ。ちょうど日本のように」。

■さいたま地裁で警察を勇気付ける判決が出た。首都圏の連続不審死事件で直接証拠も自白もない被疑者に状況証拠だけで死刑判決が下された。取調べ可視化の義務化で今後の捜査を根本から見直さなければならなくなっている警察にとって朗報だ。取調べ可視化の裏に「自白の信用性」がある。刑事裁判における自白主義が覆ることはないが、足で稼いだ捜査への評価、事件の合理的説明、裁判員を納得させる材料さえ揃えば、極刑までありうることが裏付けられた。

■「皆さんどう思いますか。こんな事があっていいんですか。僕は違うと思いますよ」―そんな政治家の言葉に「自分の考えを人に押し付けるな」と小説家が噛みついた。小泉劇場以来、隣の有権者に語りかけ、政治家の思う方向に有権者を誘導していく「煽動的選挙」手法で極端に票が片寄って動く。それはプロの詐欺師に言わせると、詐話師の手法だそうである。もちろん犯罪ではないが、犯罪的である。小泉首相の郵政選挙、橋下大阪市長の維新選挙、そこには有権者の同意を求める「そうでしょう、皆さん」というフレーズがあった。肯定と同意、そこには計算された話法が見える。


2012年4月号(12/03/20売)掲載

■政界は風雲急を告げている。24年度予算の成立は新年度にずれ込み、「税と社会保障の一体改革」は民主党の分裂を孕み、野田政権は消費税値上げ法案の成立を条件に首を差し出すのか、総選挙はあるのか、年度末に向け与野党の攻防はいよいよ大詰めを迎えている。

■民間の福島原発事故調査委員会の報告書が発表された。菅政権の事故対応が「杜撰で稚拙だった」と酷評していた。未だに自己を正当化し瑕疵が無かったと主張する菅元首相に対して、事故調査委員会は事故直後、菅首相が取った行動こそが事故の被害を拡大させたとする一方で、東電の撤退を阻止したことを評価し、首相の逃げ道を用意することを忘れなかった。菅氏はそれでも次期総選挙に出馬するのか、菅氏の選挙区の有権者はそれでも菅氏の政治に期待するのか、注目される。

■米国の大統領選挙で共和党の大統領候補を決める代議員選挙が行われている。モルモン教徒のロムニー氏が戦いを有利に進めているようだ。だが、世界の正義を実現するためには武力も辞さない米国にとって、究極の平和主義を掲げるモルモン教徒の大統領候補を疑問視する声は強い。米国の大統領選挙は、終盤には有力候補の姿が消え、彗星の如く無名の候補が現れるケースも少なくない。ロムニーはオバマに勝てるのか―それが共和党のジレンマに成りつつある。

■インドネシアの大統領候補、プラボウ氏が昨年暮訪日し、自民党の石原幹事長と会った。インドネシア大統領選挙は2014年秋行われるが、会談の席上、プラボウ氏は「大統領就任式には日本の友人として石原新首相に出席してもらいたい」と語ったそうである。

■3.11から1年、被災地に法の専門家が入り、ようやく被災住民の法的支援が始まった。天災によって失われた生活を取り戻すための法的支援に、被災住民の期待は大きい。だが、被災住民が相手にするのは国や自治体、東京電力である。その間に入って、被災住民の側に立った支援をどこまでやれるのか、その行方が注目されている。

■府中刑務所で初めて、脱走受刑者を確保する訓練が行われた。新たな刑務所の誘致が難しい時代に、訓練を行うには相当な勇気と覚悟が必要だったことだろう。やらなければならない訓練と言えるが、マスコミを呼んでやるべき筋のものではなかったかもしれない。訓練の様子がテレビ画像に映し出されたことで、身震いした住民も少なくなかっただろうと想像されるからだ。広島の受刑者脱走事件は士気の高い警察官がいたから早期逮捕することができたが、問題は刑務所側の「脱走は想定外」と考える思想だ。住民感情を無視して行われた「起きることがあってはならない刑務所からの脱走」を想定したことだ。

■天災は忘れたころにやって来る。だが、3.11以後の地震学者たちの口ぶりは、競馬の世界の「たら・れば」と見紛うばかりだ。市民への警告が狙いなら「1年前に言って欲しかった」というのが国民感情である。あそこが怖い、この地域が危険だと言う前に、学者として自分がいかに未熟であったかをまず自省すべきだ。

■日本のTPP参加のイニシアティブは米国議会に握られていると思っていた。だが、どうやらオーストラリアの承認が必要という声が出て、参加国全員の承認が必要だということになっているようである。当然と言えば当然だが、まず米国議会への対応と騒いだことがまさに日本の戦後を象徴していた。多くの識者が日本の将来を考える時に「日米同盟を基軸に」と考えている。だが、多くの日本人が日米は運命共同体と考えているわけではない。しかし、いま、米国が日本との同盟関係を失えば、米国は世界から孤立する。誰もが容易に理解するその論理を一部の識者は忘れている。


2012年3月号(12/02/20売)掲載

■政界にも春一番が吹き荒れるか。税と社会保障の一体改革が与野党協議のテーブルに載らなかった。政府は3月末にも消費税増税案を国会に提出する構えだ。これで「否決、解散」の可能性は一気に高まった。野党も「増税止む無し」の立場を取りながら、東日本大震災から1年が過ぎ、復興庁が誕生し、「喪が明けた」と見るや、政権交代から3年の検証を進め、政権与党との哲学の違いを指摘し始めた。しかし、国民が求めている政治と、政治家・官僚が進めようとしている政策には益々埋めようのない乖離が発生している。政治家は国民の民意に支えられてこそ政治家でいることを許される存在である。そして官僚制度もまた、民意を汲み上げる装置である。故・岸信介元総理は60年安保改定について、後に、「民意に反して物事を決断する時には、政治家は相当な覚悟と国益に適うという信念が無ければやってはならない」と語っていた。野田総理の「不退転の決意」は財務官僚から突き付けられた増税のための「踏み絵」ではなかったのか。財務大臣から横滑りした総理が2代続いて、いずれもが増税反対論者から増税推進論者に転換したのは何故か。円高、雇用の悪化、輸入超過、景気浮揚の打開策が無い時代、増税は果たしてベストな選択なのか、そしていまがベストなタイミングなのか。「迷い」は「決断」の大敵である。

■NASAが月の既得権を主張している。中国、インドが相次いで月の探査衛星を打ち上げた直後のことだ。月には地球上に無い稀少資源が眠っているそうである。それは科学の常識を覆すかも知れないと言われている。その未知なる資源を巡って月に最初の一歩を刻んだNASAが資源採掘の権利を主張しているというわけだ。人類は飽くなき欲望を満たすために、いまや、メルヘンの世界でしか語られなかった月にまで手を伸ばし、金になるものなら何でも金に換えようとしている。恐らくは、日本もそれに乗り遅れまいと追随するに違いない。人類はかつて魅力的な物質を発見した。その物質を使って爆弾を作り、化石燃料に代わる未来のエネルギーとして期待した。だが、自然災害によって理解していたはずのハンドリング技術に赤信号が点った。いま再び拝金亡者たちは未知なる資源に期待を寄せている。

■米軍再編が物議を醸している。本来、基地の兵員・兵力は極秘事項である。にもかかわらず日本ではオープンな議論が行われている。仮想敵国にとって、こんな分かりやすい国はない。世界一の規模と兵力を備えた米国ならではの議論だが、国民にとっては基地内の兵員がどこからどこへ、どれだけ移動したかという問題は余り関心がない。だが、進歩的知識人はその行方を議論の中心に据えて国民の問題意識を喚起しようとしている。自衛隊についてですら配置、兵員、兵力を正確に知っている国民は稀である。国民が知りたいのは、米軍が有事の際に本当に日本の国民を守ってくれるかどうかであり、また日本の自衛隊が有事に本当に役に立つのかどうかである。米軍施設があることで生じたとされる米軍人の地域住民に対する非道は、一般社会でも日本人によって引き起こされていることだ。問題だったのは、事案発生した時の日本政府の対応であったと言うべきである。犯罪者に対する対応は世界中のどこでも同じはずだ。にもかかわらず日米地位協定なるものを盾に日本の警察の介入を許さなかった。それは米国軍の問題というより日本政府の問題である。日本政府が善悪に強い態度で臨んでいれば、米国の世論も日本政府を支持したはずである。基地問題はその卑屈な論理によって捻じ曲げられてきた結果ではないか。米軍人の脅威を取り除くためには基地の移転・排除以外には無いというのは短絡的に過ぎる。

■ガラパゴス化した日本の大学が自らグローバルスタンダードへの道を開こうとしている。海外の大学を出た者を大学卒業と認めない政府・文部科学省は、これまで歪な世界観を振りかざし、日本の教育制度を唯一無二の制度として堅持してきた。その世界観がどうして作られてきたか議論も理由も語られることなく、東京大学という日本一の大学が唐突に秋入学を言い出してきた。文部科学省はコメントする立場にないと言うだろうが、国公立・私立を問わず、おおよそ日本の大学の自治を縛ってきたのは文部科学省である。独立行政法人になったといえども、国公立の大学に対し協会を通じて未だに補助金を出し、国公立時代と変わらぬ大学運営を維持しているのは文部科学省である。私立大学も同様に私立大学協会・連盟を通じて補助金漬けにして縛りを掛けてきた。私立大学協会の故・原野幸康常務理事は生前、「文部科学省の補助金は大学の自由な経営の妨げになっている。定員制を堅持させ、文部科学省の意向に反せば補助金をカットする。産学協同に制約を設け、大学の社会貢献を邪魔している」と話していた。東京大学に「秋入学」を言わせたのは文部科学省であろう。文部科学省はその真意を明確に示すべきである。


2012年2月号(12/01/20売)掲載

■EUの信用不安が世界の経済に影響を与え始めている。格付け会社がEU主要国の国債の格付けを一斉に引き下げたことによる不安とされているが、ファンドを動かしている者にとって、数字の正確さは政府関係者の批判よりも現実味がある。EUの経済不安は中国経済を冷やし、日本にも影響を与え始めている。そんなさ中、政府は増税を言い、東京電力は料金値上げを申請する。電力が上がれば、流通コストも上がり、生活コストも上がる。しかし、国民の財布は打ち出の小槌ではない。「お金がない」からもっと搾り取れというのは時代錯誤だ。政治家も官僚も自分たちが選ばれし人間だと思っているのなら、国民を太らせる知恵を絞ったらどうだ。

■金正日が死んでひと月が経つ。中井元国家公安委員長が北朝鮮と接触したそうだが、その後は何も聞こえてこない。政府の拉致対策本部は何をしているのか。北朝鮮をウォッチングしていながら、国家元首の死にも気が付かず、金正雲が後継者に就けるのか否か、軍部の反乱はないのか、何も情報が上がっていない。いかに閉鎖国家といっても、日本には北朝鮮との通信手段もあり、本国の政治局員を持つ朝鮮総連もある。韓国が、米国が情報を持っていないから日本にも無いというのは言い訳にも何にもならない。何もしないのなら拉致対策本部などいらない。

■本誌は新年恒例、東京、神奈川、埼玉、千葉の1都3県の部隊出動訓練・年頭視閲式を取材した。ある同業者は「今年は埼玉のみで、毎年1カ所に決めて取材している」という。その理由は毎年同じ事をしているからだという。同じ事≠サう見えるのは致し方無いが、実は現場警察官の人員や服装や装備や士気など微妙に変化している。その微妙な変化は毎年、地道に取材するほかは手立てが無い。犯罪が進化する以上、取り締まる側も進化せざるを得ない。警察を雇用しているのは国ではない。人数、人件費、装備品、活動費など、そのほとんどが自治体の予算で賄われている。しかし、犯罪は減少し、交通事故は減少し、犯罪の起こりにくい社会が実現しつつあるなど、着実に成果を上げている。だが、治安にかかるコストもまた並行して、年々上がっている。いま、東京都を除き、どこの自治体も赤字財政で首が回らなくなり始めている。全国の警察にとっては、政府よりも自治体の方が心配だ。

■世界の通貨の中でいま、最も安定しているのはスイスフランと円だと言われている。だが、日本社会は円高メリットを享受していない。経済学者の多くは「輸出入の輸出が輸入を上回っているせいだ」と言うが、輸入品目の多くは食糧であり、生活必需品である。一方、輸出品は車であったり、日本の技術が無ければ出来ないモノばかりである。一面的には、日本は輸出で得たお金で食べていると言えるが、輸入が止まっても食べてはいけない。戦後復興は食糧不足の解消から始まった。そのために世界から借金した。だが、それは昭和50年代初頭には返済を終えている。いまある借金はその後に生まれたものだ。いわば、計画性もなく利便性を追求した贅沢の代償だ。世界の一等国になるということは、世界一の塔を建てることでも、近代的なビルを建てることでもない。すべての国民が心豊かに日々の生活を送ることである。円高の今こそ、食糧、生活必需品の輸入を増やし、安く国民に提供すべきだ。

■今年は総選挙がありそうだが、その争点は増税である。税と社会保障の一体改革は、国民背番号制である。国民背番号制にする利点は管理コストが安くなることである。時代のツールであるコンピューターを駆使して1億3千万人の懐を掌握するということである。それは人の手間を大幅に省くことである。スーパーコンピューターがあれば、入力するパートと管理者さえいれば、マンパワーが要らなくなるということだ。今、声高に公務員の削減を言わなくても、社会保険庁、税務署、自治体の関連部署の人間はたちどころに失業するということだ。それは、一方で合理化をやり、他方で雇用を増やす、要らない人間をマンパワーが必要な場所に移すということではないか。霞ヶ関は今、組織再編を睨んだ壮大な実験に取り組もうとしているかもしれない。


2012年1月号(11/12/20売)掲載


■師走になると、1948年12月10日の世界人権宣言に因んで人権週間が全国各地で開かれる。1年に1度くらいは人権について考えてみようということなのだろう。行政のいう人権とは差別問題である。これまで差別問題といえば、同和、在日に対する差別であった。しかし、近年、格差社会が広がり、「貧困による差別」「貧困連鎖による差別」が大きな社会問題となっている。政府は生活保護費に3兆円の巨費を投じているが、最小幸福社会の実現すらできていない。子供手当、高校教育の無償化といった政策を講じているが、貧困の中に生まれた子供たちが教育差別を被っているのは事実である。いま、国の財布は底をつき、お年寄りへの年金給付も儘ならなくなっている。国の財政は年間100兆円規模にまで膨らんでいるが、歳入はその4割にも達していない。自治体を合わせた国の借金はいまや、1000兆円を軽く超えている。かつての在日問題は、韓流ブームと共にどこかに置き忘れて来たかのようであり、都会にあっては、同和問題が結婚、就職の障害になっているという話は聞かなくなった。それこそまさに行政の差別教育に対する取組みの成果と言えそうだ。差別の対象は時代と共に変遷していく。気を緩めることなく、行政は差別を的確に捉え、今後とも平等社会実現に尽力してもらいたいと願う。

■戦後社会で最も目を見張る発展を遂げたのは広告業界だったかもしれない。中でも業界のガリバー、電通は日本独自の手法で戦後日本を代表する様々な企業が世界企業に成長するのを後押しした。その中興の祖ともいうべき成田豊元社長が11月20日、他界した。故・成田氏は電通百周年に向けて売上1兆円、東証一部上場、新本社ビル建設を目標に掲げ、それを達成した。また、日中国交回復の直後から中国に進出し、北京大学にマーケティング課程を新設、中国での広告業界の立ち上げに尽力した。また、現役時代は剛腕で知られ、日本のマスコミ界に多大な影響を与えた。故・成田氏の父親は警察官で、「子供の頃には、官舎のお隣に鎌倉節さん(元警視総監、元宮内庁長官)が住んでいて、よく一緒に遊んだものだ」と、一つ違いの弟のように思っていた時代のことを懐かしんでいた。本誌編集部は恩人の一人として心からご冥福をお祈りする。

■野田政権誕生から3カ月、早くも綻びが出始めている。2012年は総選挙の年になりそうである。政権の問題は出尽くしているが、対処できないのが最大の原因だ。それは正義と支持母体との板挟みでもがいているとも言えそうである。地方では新しい風が吹き荒れているが、国政でも有権者は新しい風を選択することになるかもしれない。その最大の原因は、大義が隠れ、個利個略ばかりが目に付くようになったことだろう。市民に迷惑をかけた公益法人の私欲、そこに働く者たちの我欲、新たにエネルギー産業への参入を目論む人々の事故に付け込んだ要求、人手が足りないのに目を付けた暴力団の介在などである。政党には有権者の顔が見えているか、こんな時こそ私心を捨て大義に従うべきではないか。

■日本も大変だが、世界も大変なようだ。米国発の金融危機がいよいよ姿を現し始めている。アメリカ、イギリス、イタリア、ギリシャ、ドイツ、韓国、そしてロシア、各国の事情は違うが、民衆が叫び、デモが繰り返されるようになった。強権を発動する中国だけが平静を保っている。日本では目立った大きな動きはないが、ネットの世界では火がつき始めている。デモは合法だが、一つの示威行動であることに間違いはない。一度、火がつけば暴徒化する危険を孕んでいる。市民と警官隊がもみ合う過去の情景が目に浮かぶ。そうした事態だけは避けなければならない。2012年が穏やかな年でありますようにと祈るばかりだ。

■警視庁では、「警察署の総合的な業務運営状況の実態を具体的に把握し、適正な警察運営の推進及び執務の刷新改善に資することを目的とし、平成24年1月5日から同年1月31日までの間、各部門の業務に対する総合監察を実施する」そうである。監察は現場警察官にとって心引き締まる時間である。だが、その嫌な仕事を引き受ける監察官にとっては心を鬼にする時間でもある。しかし、権力を行使する特権を与えられている警察組織にとって、監察は重要な職務である。現場警察官は心を無にし胸襟を開いて正確に実態を報告すべきである。組織の裁定には喧嘩両成敗もあるが、パワハラが度を越しているケースもあるかもしれない。

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